大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和47年(行コ)8号 判決 1975年10月29日

控訴人 南谷誠

<ほか六三名>

以上控訴人ら六四名訴訟代理人弁護士 鳴川由太郎

被控訴人 名古屋市長 本山政雄

被控訴人 愛知県知事 桑原幹根

右被控訴人ら二名訴訟代理人弁護士 鈴木匡

右訴訟復代理人弁護士 大場民男

清水幸雄

林光佑

右被控訴人愛知県知事指定代理人 片山和夫

<ほか五名>

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴人らの当審における新たな訴(主位的請求及び予備的請求)を却下する。

三  控訴審における訴訟費用(当審での新訴の分を含む。)は、控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決中控訴人らに関する部分を取り消す。本件につき、右部分を名古屋地方裁判所に差し戻す。」及び当審での新たな訴として、「後記第一の二、三記載のとおりの請求の趣旨」並びに「訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を、被控訴人ら代理人は、主文第一、二項同旨及び「控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の提出、援用、認否については、左記に付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。ただし、原判決一四枚目裏一〇行目「住居」とあるつぎに「表示」を加え、同一九枚目裏一〇行目から一一行目にかけて「第四号証の一、二」とあるを「第四号証の一、三」と訂正する。

第一  控訴人ら代理人は、当審において、つぎのとおり述べた。

一  請求の一部をつぎのとおり放棄する。

原判決事実欄記載の予備的請求中、(一)の(二)(原判決二枚目裏五行目から九行目まで)、(一)の(三)(同二枚目裏一〇行目から三枚目表二行目まで)、(二)の(二)(同三枚目表七行目から九行目まで)、(二)の(三)(同三枚目表一〇行目から同裏一行目まで)の各請求をいずれも放棄する(別紙請求の趣旨訂正変更表中、請求の放棄関係とある部分参照)。

二  原審における請求の趣旨を、つぎのとおり訂正変更する。

原判決事実欄請求の趣旨の項中、(一)の(一)(原判決二枚目表七行目から同裏三行目まで)、(二)の(一)(同三枚目表三行目から六行目まで)、(三)(同三枚目裏二行目から四行目まで)、(四)(同三枚目裏五行目から七行目まで)を、つぎのとおり訂正変更する。

主たる請求として、

(一)  被控訴人名古屋市長が住居表示施行のためになした

(1) 昭和四一年三月一日付名古屋市告示第五〇号をもって、別紙当事者目録及び別紙町名変更表記載の控訴人らの旧住所の町名を、同目録及び同表記載の現町名に変更したこと並びに町の区域を、同表及び別紙図面記載の町の区域に変更したこと

(2) 同日付名古屋市告示第五一号により前記目録における控訴人らの旧住所番地に対し、現住居表示の如き街区符号並びに住居番号を付定し、これを執行したことの無効であることを確認する(別紙請求の趣旨訂正変更表12の(1)(2))。

(二)  被控訴人愛知県知事が被控訴人名古屋市長のなした前記(一)の(1)(2)の行政処分に対し、昭和四一年三月二八日付愛知県告示第一八八号により、その効力を発生させた行政処分が無効であることを確認する(同表13)。

予備的請求として、

(三)  被控訴人名古屋市長がなした前記(一)の(1)(2)の行政処分は、これを取り消す(同表14)。

(四)  被控訴人愛知県知事がなした前記(二)の行政処分は、これを取り消す(同表15)。

(五)  被控訴人愛知県知事が被控訴人名古屋市長のなした前記(一)の(1)(2)の行政処分に対し、住居表示に関する法律(昭和三七年法律第一一九号)の改正法(昭和四二年法律第一三三号)の附則3に基づき、これが是正のための必要なる措置を、被控訴人名古屋市長に要求すべき義務あることを確認する(同表16)。

(六)  被控訴人名古屋市長が同被控訴人のなした前記(一)の(1)(2)の行政処分に対し、前記住居表示に関する法律の改正法の附則3に基づき、これが是正のために必要なる措置をなすべき義務あることを確認する(同表17)。

三  当審において、前記二において訂正変更した請求の趣旨中、(一)の(2)並びに(二)ないし(六)のうち(一)の(2)に関する部分をいずれも請求放棄し、さらに従来の請求の趣旨全部を、つぎのとおり訂正変更する。

主たる請求として、

(一)  被控訴人名古屋市長が住居表示施行のため、昭和四一年三月一日付名古屋市告示第五〇号をもって、別紙当事者目録及び別紙町名変更表記載の控訴人らの旧住所の町名を、同目録及び同表記載の現町名に変更し、かつまた町の区域を同表及び別紙図面記載の町の区域に変更した行政処分の無効であることを確認する(同表18)。

(二)  被控訴人愛知県知事が被控訴人名古屋市長のなした前記(一)の行政処分に対し、昭和四一年三月二八日付愛知県告示第一八八号により、その効力を発生させた行政処分の無効であることを確認する(同表19)。

予備的請求として、

(三)  被控訴人名古屋市長がなした前記(一)の町名、町区域の変更処分は、これを取り消す(同表20)。

(四)  被控訴人愛知県知事がなした前記(二)の行政処分は、これを取り消す(同表21)。

(五)  被控訴人名古屋市長がなした前記(一)の行政処分に対し、被控訴人愛知県知事が被控訴人名古屋市長に対し、前記住居表示に関する法律の改正法の附則3に基づき、是正措置を要求する義務あることを確認する(同表22)。

(六)  被控訴人名古屋市長が同被控訴人のなした前記(一)の行政処分につき、前記住居表示に関する法律の改正法の附則3に基づき、その是正措置をなす義務あることを確認する(同表23)。

四  被控訴人らの当事者適格について

原判決は、被控訴人らに本訴の当事者適格がないと判断したが、本件における相手方は、名古屋市長及び愛知県知事であって、その当事者適格に欠けるところはない。

住居表示の実施手続は、

(1)  市町村長が町名、町区域の変更等の決定及びその告示をする(地方自治法二六〇条一項、一四七条)。

(2)  市町村が住居表示の実施区域、住居表示の方法を、議会の議決を経て決定する(改正前の住居表示に関する法律三条一項)。

(3)  市町村が街区符号、住居表示番号を付定する(同法三条二項)。

(4)  市町村長がその権限に基づき、右(2)(3)を告示し、関係人、関係行政機関の長に通知し、都道府県知事に報告する(同法三条三項)。

(5)  市町村が実施区域内の適当な場所に、町名、街区符号を記載した街区表示板を設置し(同法八条一項)、各建物等に住居表示板を設置する。

以上(1)ないし(5)の五段階に分かれる。

右(1)の町名、町区域の変更決定が地方公共団体によってではなく、行政庁たる市町村長によってなされることは地方自治法二六〇条一項に規定され、その決定を外部に公示して発効させる者も市町村長である。しかして、被控訴人名古屋市長のなした昭和四一年三月一日付告示第五〇号は、同被控訴人がなした町名、町区域の変更であって、前記(1)の公法行為に該当する。また、同被控訴人のなした同日付告示第五一号は、前記(4)の公法行為であり、(4)はすなわち前記(2)と(3)の告示であるところ、(2)と(3)の決定は市町村によってなされはするが、この決定自体単に地方公共団体の内部意思を決定するだけのものであって、行政処分ではなく、これを市町村長が市町村の意思表示として外部に公示することにより、行政処分たる効力を生じさせるのである(地方自治法一四七条)。右名古屋市告示第五一号は、被控訴人名古屋市長が名古屋市公告式条例に基づき、告示の権限を有する告示の行為主体としてなしたものである。行政事件訴訟法一一条一項にいう行政庁とは、取消訴訟については行政主体を相手方としなければならないものではなく、自己の意思を行政主体の意思として発動できる権限を与えられ、その行為をしたことについて当面の責任がある行政庁であると解すべきである。のみならず、前記(1)ないし(5)の段階中、中心的な行為は(1)であり、その余の(2)ないし(5)は付随的な行為に過ぎないから、かりに(2)ないし(5)の行為主体が名古屋市であっても、少なくとも、(1)の行為の主体は被控訴人名古屋市長であるから、同被控訴人が当事者適格を有するものといわなければならない。しかも、本制度実施後における街区符号、住居番号の付定、廃止、変更及び実施の権限は、条例によって、被控訴人名古屋市長に委ねられているのである(名古屋市住居表示条例二条、三条)。また、是正措置要求義務存在確認及び是正措置義務存在確認は、いずれも住居表示に関する法律の改正法附則3に基づくものである。以上の諸点からしても、本訴請求の相手方は、被控訴人両名である。

五  行政処分性についての補充

改正前の住居表示に関する法律六条一項は、「何人も住居の表示については、三条二項の規定によりつけられた街区符号及び住居番号又は道路の名称及び住居番号を用いるよう努めなければならない。」と規定して、住居表示義務を課しており、それは具体的には単に郵便等のあて名に記すだけでなく、名刺その他日常用いる文書、官公庁あての文書等に住居を記載すべきこととなる。そして、同法六条二項は国と地方公共団体が同条一項の街区符号等を用いる義務を課しているのであり、これらの点に徴し、町名、町区域の変更及び街区符号等住居表示は法的拘束性を有することが明らかである。それゆえ、被控訴人名古屋市長のなした昭和四一年三月一日付告示第五〇号、第五一号は、単なる事実行為ではなく、関係住民の権利義務を形成する行政庁の権力行為であるから行政処分性を有する。

六  本訴の法律上の利益

本件町名、町区域の変更、新設、住居表示の実施については、関係住民の生活上の不便を取り除くことが第一義的目的であり、単なる地域特定のための名称に止まるものではなく、できるだけ、従前のそれを尊重するとともに、住民の意思をも尊重しなければならず、ましてや行政庁の恣意によるものであってはならず、自治省基準(昭和三七年度、三八年度、四二年度)に則って実施されるべく、名古屋市にあっては、「名古屋市町名、町界整理方針」(昭和三九年一月二七日決定)において、町の規模について、一定の面積を基準とすべきものとしており、また自治省基準には、町名については従来の名称に準拠して歴史上由緒あるものを選択することを規定しているのであって、以上の諸点からすれば、町名、町区域は、住民の生活そのものと極めて密接な関係を持ち、また、中には歴史的由緒を有するものも少なくないので、法律上も右の如き変更基準を設けて保護されているのである。本件にあっては、上長者町、下長者町、八百屋町、伝馬町は、名古屋城築城のときから現在の位置に町造りされ、承応、享保年間以来、明治、大正を経て今日に至っている。そして、明治四五年五月上長者町に名古屋莫大小信用購買組合が設立され、その頃から繊維類の商店が集まり始め、昭和に入ってからは続々とこの種の会社が設立され、昭和二六年四月長者町通りをはさんだ両側の繊維問屋が名古屋長者町織物協同組合を結成して全国的に販売網を拡大し、東京の横山町、大阪の丼池と並び、日本三大繊維問屋街の一つとして、全国に長者町なる町名が知れ渡るに至った。長者町織物協同組合の組合員は九二社、非組合員は約一〇〇名、取引の地域範囲は全国に及び、長者町という町名のもとに一体となって発展しているのであり、長年にわたり、長者町に店舗を構え、莫大な宣伝費を投入し、多数商店が一つの強力な組織として協力した結果、全国的にも有数な商業組織を形成したもので、控訴人らは、それぞれ長者町という町名に象徴されるいわゆる暖簾を有するものである。しかして、暖簾は、憲法二九条により保障される財産権で、商標権等と同様無形固定資産の一つであり、商法三四条、二八五条の七にいう財産目録のその他の財産として一定の価格を付して計上されるものであって、一事業の収益力が同種事業に比し大なる場合に、その超過収益力を資本化したものである。長者町問屋街に営業所を有する会社のうち、控訴人中栄株式会社、同丹羽幸株式会社、同株式会社井上商店、同桜井株式会社、訴外(原審原告)八木兵商事株式会社の五社について、昭和四一年度における売上高、利益金、利益率を見ると、次表の如くになる。

会社名

資本金

売上高

利益金

利益率

中栄(株)

三、〇〇〇万円

三七七億四、〇〇〇万円

一四億九、〇〇〇万円

三、七四%

丹羽幸(株)

五億三、〇〇〇万円

四〇五億二、〇〇〇万円

一二億八、〇〇〇万円

三、二%

(株)井上商店

八、〇〇〇万円

七〇億八、〇〇〇万円

二億一、〇〇〇万円

三、一%

桜井(株)

五億円

一六〇億円

三億八、〇〇〇万円

二、三%

八木兵商事(株)

一、〇〇〇万円

一二〇億円

四億九、〇〇〇万円

四、〇%

合計

一、一三三億四、〇〇〇万円

三八億五、〇〇〇万円

三、三%

しかるに、長者町以外の一二社(名古屋市中区丸の内の滝兵株式会社、同じく糸重株式会社、同じく株式会社岩井商店、同区栄の岡地株式会社、同じく株式会社広瀬商店、同じく稲垣商事株式会社、同区錦の株式会社ミナトヤ、同じく万兵株式会社、同じく新興織物株式会社、同じく株式会社大善商店、同じく石田株式会社、同じく大野衣料株式会社)の同年度における合計売上金は金四〇五億三、〇〇〇万円、利益金は七億六、〇七一万六、〇〇〇円で(売上金四、〇五三万円との主張は金四〇五億三、〇〇〇万円の、利益金七六万七一六円との主張は金七億六、〇七一万六、〇〇〇円の誤記と認める。)、その利益率は一・九%にすぎなく、これは前記の如く、長者町においては、九二社が長者町織物協同組合を結成し、その他の一〇〇名の非組合員たる繊維業者が長者町通りをはさんで一体となって繊維問屋街を形成しているに反し、他の問屋は各社ばらばらの状態で営業していることによるものであって、その収益率も大体二分の一にすぎない。したがって、長者町問屋街の店舗を他に売却するとすれば、この収益率の差異に対し、超過利益額を算出し、その収益の存続期間を五年ないし一〇年とし、これを乗じたものが暖簾の価格となる。前記の表によると、昭和四一年度における前記五社の利益は金三八億五、〇〇〇万円だから、平均純利益高はその五分の一の七億七、〇〇〇万円であり、他町における他社の利益はその半額であるから、さらにこれを二分した三億八、五〇〇万円が長者町繊維問屋街での前記五社の超過利益額となる。そして、さらに、その五分の一の七、七〇〇万円が一社当りの平均超過利益である。しかし、本件全控訴人中には、繊維問屋でないものも若干あり、また、資本金、売上高とも、前記五社の一〇分の一しかないものもあるので、一商店当り、右平均超過利益をさらに二分して五割とし、長者町なる町名が二〇年継続するものとすると、暖簾の喪失による損害額は、

7,700万円×1/5×20×140=431億2,000万円となる。

以上のとおり、本件にあっては、長者町という町名には、歴史的町名の尊重性に止どまらず、殊に暖簾という経済的利益が強く結合しているのであって、この点において、町名の変更、新町区域の設置、住居表示の実施について、控訴人らは法律上の利害関係を有するというべきであって、本訴の利益を有するものといわなければならない。

七  請求原因の訂正

原判決請求原因第一(一)をつぎのとおり訂正する。

(一)  被控訴人名古屋市長は、住居表示に関する法律(昭和三七年法律第一一九号)に基づく住居表示制実施のため、昭和四一年三月一日付名古屋市告示第五〇号をもって、別紙当事者目録及び別紙町名変更表記載の控訴人らの旧住所の町名を、同目録及び同表記載の現町名に変更し、また、町の区域を同表及び別紙図面記載の町の区域に変更する処分をなし(この処分は地方自治法二六〇条一項に基づく。)、もって、本件長者町等を含む名古屋市中心部七二町を九町に区画し、上長者町一丁目から四丁目までを丸の内二丁目に、上長者町五丁目から下長者町一丁目ないし四丁目までを錦二丁目に、八百屋町一丁目を栄二丁目に統合分属させて、町名及び町区域の変更をなした。そして、被控訴人愛知県知事は、右処分に対し、同月二八日付愛知県告示第一八八号をもって、その効力を発生させた(この処分は地方自治法二六〇条二項三項に基づく。)。

(二)  被控訴人名古屋市長は、昭和四一年三月一日付名古屋市告示第五一号をもって、住居表示の実施区域、住居表示の方法、街区符号、住居番号を告示し、これを施行した。

(三)  以上(一)及び(二)の処分は、いずれも右区域内の住民である控訴人らの前記六で述べた法律上の利益を害するから、前記三の(一)ないし(六)記載の判決を求める。

八  請求原因の一部補充

前記三で述べた当審で訂正変更した請求の趣旨中、三の(五)(六)の各義務存在確認請求は、いわゆる無名抗告訴訟の一種である。住居表示に関する法律は昭和四二年に改正され、町名及び町区域の変更は住民の意思を無視したり、縁もゆかりもない画一的な町名を用いたり、全面的な町区域の変更を行ったりする点を是正し、改正後の同法五条、五条の二は、これらのことがないよう従前の名称を尊重し、たとい少数住民の意向であってもこれを尊重すべき原則に立つものであり、同法五条の二に規定する少数住民の異議申立、変更請求権は、この原則を貫こうとの法意である。また、住民から県知事に対してする市長への是正措置の要求は、すでになされた町名変更等について住民の権利が侵害された場合、これを回復保障しようとするもので、もしこれが住民に与えられないとすれば、法改正の目的は、すでに実施ずみの地域の住民にとり、救済の道が閉されて公平を欠く結果を招来する。法改正により、同法五条の二の規定が新設された以上、これに対応すべき経過措置として、是正措置の要求が住民の権利として認められているというべきである。しかして、控訴人らは昭和四二年九月二一日被控訴人両名に対し、町名及び町の区域の変更に関する是正措置要求をなした。以上の理由から、控訴人らは被控訴人らに対し前記三の(五)(六)のとおり各義務存在確認を求める。

第二  被控訴人ら代理人は、当審において、つぎのとおり述べた。

一  控訴人らが当審でなした第一の二、三記載の請求の趣旨の訂正変更については、すべて異議がある。

かりに、右請求の趣旨の訂正変更が許されるとしても、原審で控訴人らが訴訟の対象とした「新住居表示に変更をなしたこと」は、当審ですべて放棄され、訴の係属はなくなっている。のみならず、訂正後の請求も、すべて原告適格及び被告適格のいずれをもこれを欠いていて、訴の利益がない。特に是正措置要求義務存在確認請求については、司法裁判所の審査事項でなく、また訴提起の期間が経過しており、いずれも不適法であって、却下されるべきである。

二  被控訴人らの当事者適格について

控訴人らが第一の四で主張する当事者適格についての見解は争う。本訴において、相手方となるのは名古屋市と愛知県であるべきであって、被控訴人両名は、いずれも被告適格を有しない。

住居表示の実施手続は、(1)昭和四〇年一一月二九日名古屋市議会が住居表示実施の区域を定め、当該区域における住居表示の方法を議決し、(2)同日名古屋市が住居表示の実施のための区域を定め、当該区域における住居表示の方法を定めた(住居表示に関する法律三条一項)。(3)同日名古屋市は当該区域について街区符号及び住居番号をつけた。(4)昭和四一年三月一日名古屋市が住居表示を実施すべき区域及び期日並びに当該区域における住居表示の方法、街区符号、住居番号を告示した(同法三条三項)。(5)同日名古屋市がこれらの事項を関係人及び関係行政機関の長に通知し、かつ、都道府県知事に報告した(同法三条三項)。(6)同月三〇日施行期日。以上(1)ないし(6)の経過から、住居表示の実施は名古屋市によってなされたものである。町の区域の設定、名称の変更手続(地方自治法二六〇条)については、(1)昭和四〇年一一月二九日市議会が市の区域内の町の区域の設定及びその名称変更を議決した。(2)同日被控訴人名古屋市長が市の区域内の町の区域の設定及びその名称変更を定めた(同条一項)。(3)被控訴人名古屋市長が右(2)を届け出で(なお、この届出は必要はないが、ピー・アールのため告示したもの)、被控訴人愛知県知事がこれを受理した。(4)被控訴人愛知県知事が届出を昭和四一年三月三〇日から効力を生ずるものとして告示した(同条二項)。(5)同日右告示により効力が生じた。以上(1)ないし(5)の経過から、町の区域の設定、名称変更の実施は、被控訴人名古屋市長によってなされたものである。

三  控訴人らが第一の五で主張する行政処分性の補充についての見解は争う。

四  本訴の法律上の利益について

控訴人らが第一の六で主張する事実及び本訴の法律上の利益についての見解は争う。本訴につき、控訴人らに法律上の利益はない。元来町名は単なる地域特定のための名称にすぎず、個人が町名を居住地などの表示に使うことから生ずる利益や不利益は事実上存在していても、だからといって、当該住民に町名を変更されない利益が法的に保障されているという根拠はないのみならず、他の特定の町名に変えることを求める権利もない。町名変更により、表札、看板、名刺など各種文書の書換えなどによる失費はもちろん、控訴人ら主張の如き損失があり得るとしても、そのような損失をしないですむ利益は、法律上の保護に値しない。

五  控訴人らが第一の七請求原因の訂正で主張する事実中、七の(一)の事実は認める。同(二)の事実のうち、告示第五一号が被控訴人名古屋市長によってなされたものであるとの点は争うが、その余の事実は認める。同(三)の事実は争う。

六  控訴人らが第一の八請求原因の一部補充で主張する見解は争う。控訴人らが当審でなした請求の趣旨の訂正変更が許されるとしても、その主張の如き義務存在確認請求は許されない。また、控訴人らには、その主張の如き被控訴人愛知県知事に対する是正措置申請権はない。改正後の住居表示に関する法律五条の二は、町もしくは字の区域の新設等の案に異議のあるときは、その案に対する変更請求を認めたものであって、本件の如くすでに実施ずみのそれに対して、変更請求権を認めたものではない。なお、控訴人らが昭和四二年九月二一日付請願書を提出したことは認めるが、右請願書は、住居表示に関する法律五条の適用を請願したものであって、改正後の同法五条の二による請求ではない。

第三  証拠関係≪省略≫

理由

第一  控訴人らは、原審及び当審において、数次にわたり、請求の趣旨を訂正変更し、被控訴人らにおいて、そのいずれに対しても異議を述べているので、この点について判断する。

控訴人らの請求の趣旨の訂正変更の経過(請求の放棄を含む。)は、別紙請求の趣旨訂正変更表(以下別表という。)1ないし23記載のとおりである。以下請求の趣旨を、便宜別表記載の番号をもって表示する。

一  控訴人らは、原審において、請求の趣旨1及び2につき、処分の日付を「昭和三九年一月一〇日」とあるのを「昭和四一年三月三〇日」と訂正している(別表2′参照)。1及び2で求める請求は、要するに、新住居表示の変更処分の無効確認、取消を求めているのであって、その処分の年月日はこれを特定するためのものにすぎず、本件では日付を異にすることにより、異なった処分の無効確認、取消を求めることにはならないのであって、単に表示の訂正と解するのを相当とするから、右訂正は許される。

二  控訴人らは、原審において、1(2′により処分年月日は昭和四一年三月三〇日と訂正)を3に変更している。1及び3は、被控訴人両名に対する各請求を含むが、1のうち被控訴人名古屋市長に対する関係部分を3の前段に変更する点は、住居表示の変更処分の無効確認を求めるものであって、その間に請求の実質的変更はなく、単に表現の変更に止まると解されるから、この訂正は許される。また、1のうち被控訴人愛知県知事に対する関係部分を3の後段に変更する点は、訴の交換的変更と解される。右訴の変更は、行政事件訴訟法三八条一項、一九条一項の規定に照らし、新旧両訴の関連請求性の要否が問題となる。つまり、訴の交換的変更は、一九条による追加的併合をなし、かつ旧訴を取り下げる場合と同一の結果となるからである。しかし、行政事件訴訟法においても、民事訴訟法二三二条の要件を充足するかぎり、訴の変更は可能であり、行政事件訴訟法一九条二項は、同法一六条一項、一九条一項にいう併合請求とは別に、新旧両訴の関連請求の関係になくても、訴の変更を認めた趣旨と解される。行政事件にあっては、行政事件訴訟特例法施行当時においても、訴の変更を禁止する規定はなく、これが行政事件訴訟法によって改められたと解すべき根拠はないし、また、訴の変更を認めて、何ら不都合はないからである。同法一六条一項、一九条一項にいう追加的併合については、同法一三条にいう関連請求性が要件であるが、これは審理の重複と裁判の矛盾牴触を避け、同一処分に関する紛争を一挙に解決するとともに、反面関連性のない請求の併合を制限し、もって審理の複雑化を防止し、訴訟の迅速な審理裁判を図るにあるとされているのに対し、民事訴訟法二三二条による訴の変更は、訴提起後当初の訴についての訴訟手続を維持しながら、請求の趣旨ないし請求の原因を追加的あるいは交換的に変更することを許容するもので、訴訟の実質的解決と訴訟経済の要請から認められる制度で、行政事件訴訟法一六条一項、一九条一項にいう追加的併合とは趣旨を異にするから、関連請求性の有無にかかわりなく、これを認めることに意義と実益がある。しかして、1のうち被控訴人愛知県知事に対する関係部分を3の後段に変更する点は、その請求の基礎に変更はなく(住居表示の変更処分の効力を争い、これを無効とする点において変りはない。)訴訟手続を著しく遅滞させることにならないから許される。ただし、交換的訴の変更であって、被控訴人側の同意がないから、旧訴すなわち、1のうち同被控訴人に対する関係部分もなお係属しているといわなければならない。

三  被控訴人らは、原審において、2を6に変更しているが、1のうち被控訴人名古屋市長に対する関係部分を3の前段に訂正したことに伴い、これに対応してなされたものであって、前記二で述べたと同様、その訂正は許される。

四  控訴人らは、原審において、4、5、7ないし11の各請求を追加している。このうち、4、5、8、9は、当審において請求を放棄しているので(別表参照)、この分を除き、7及び10は3の後段と、また、11は3の前段と、いずれもそれぞれ関連請求(行政事件訴訟法三八条一項、一三条六号)の関係があるから、追加併合は許される(同法三八条一項、一九条一項)。

五  控訴人らは、当審第九回口頭弁論期日(昭和四八年九月一九日)において、3の前段を12の(1)(2)に、また、3の後段を13に変更しているので、その当否について判断する(12の(2)は、後に請求を放棄しているので(別表参照)、これを除く。)。

3の前段は住居表示の変更処分の無効確認を求めているのに対し、12の(1)は町名と町の区域の変更処分の無効確認を求めるものであるところ、右請求の趣旨及び請求の原因の訂正は、訴の交換的変更になると解され、また、3の後段を13に訂正している点は、右3の前段を12の(1)に改めたことに伴い、これに対応してなされたものであって、同じく訴の交換的変更になると解される。

行政事件においても、訴の変更が許され、行政事件訴訟法三八条一項、一六条一項、一九条一項に規定する関連請求性を要しないことについては、前記二で判断したとおりであり、したがって、訴の交換的変更が控訴審たる高等裁判所においてなされても、同法三八条一項、一九条二項、一六条二項に規定する相手方の同意を要しない。前記3の前段を12の(1)に、また、3の後段を13に変更する点は、その請求原因事実に徴し、請求の基礎に変更はなく、かつまた、後記の如く、原審での訴訟資料により、当審での新訴の判断をなし得るので、訴訟手続を著しく遅滞させるものではないから、いずれも許される。

なお、本件の原判決は、控訴人らの訴を却下した訴訟判決であるので、これに対する控訴審での訴の交換的変更の許否が問題となる。控訴審においても、訴の変更が可能であることは、民事訴訟法三七八条により同法二三二条が準用されていることから明らかである。二三二条によれば、訴の変更は請求の基礎に変更がなく、訴訟手続を著しく遅滞させないかぎり、許されるのであって、相手方の同意をその要件としていない。原判決が訴訟判決であるときは、控訴審での新訴の審理に、旧訴の訴訟資料を利用できない場合が多く、そのため、たとい新旧両訴の請求の基礎に変更がなくても、訴訟手続を著しく遅滞させることになり、この点で訴の変更が許されないことがあり得る。しかし、原審での訴訟資料により、控訴審での新訴の審理、判断が可能であり、訴訟手続を著しく遅滞させることにならなければ(請求の基礎に変更のないかぎり)、訴の変更を許して差支えない。要するに、当該事案に応じ、個別的具体的に、前記の二要件を審査して、その許否を決すべきであると解するのを相当とする。本件にあっては、請求の基礎に変更がなく、かつ訴訟手続を著しく遅滞させるとはいえないこと前段判示のとおりであるから、訴の交換的変更は許される。

六  控訴人らは、当審第九回口頭弁論期日(昭和四八年九月一九日)において、さらに、6を14に、7を15に、10を16に、11を17にそれぞれ変更している。これらは、いずれも、その請求の趣旨及び請求の原因に徴して、訴の交換的変更になるというべきところ、前記二及び五に判示したと同様の理由により、右変更は許される(なお、14ないし17のうち、12の(2)の関係部分は、請求の放棄がなされているから、これを除く。)。

七  控訴人らは、当審第九回口頭弁論期日(昭和四八年九月一九日)において、前記五及び六において述べた12ないし17の請求を、さらにつぎのとおり変更しているので、この当否について判断する。すなわち、12の(1)を18に、13を19に、14を20に、15を21に、16を22に、17を23にそれぞれ変更している(ただし、以上の変更のうち、12の(2)の関係部分は、請求の放棄がなされているので、これを除く。)。これらはいずれもその請求の趣旨及び請求の原因に徴し、訴の交換的変更になるというべきところ、前記二及び五に判示したと同様の理由により、右変更は許される。

八  以上一ないし七の理由により、本件について数次の請求の趣旨の訂正及び訴の変更がなされ、かつこれについて異議のなされた結果、右訂正変更による現請求(当審での新訴)は、主位的請求として18及び19、予備的請求として20ないし23であり、また、訴の変更につき被控訴人らの同意を得られなかったことによりなお係属していると認められる請求は、原審における請求である1のうち被控訴人愛知県知事に対する関係部分、3の前段、後段、6、7、10、11、当審における請求である12の(1)、13ないし17(ただし、12の(2)の関係部分を除く。)である。

第二以下に控訴人らの各請求について判断する。

被控訴人名古屋市長が住居表示に関する法律(昭和三七年法律第一一九号)に基づく住居表示制実施のため、昭和四一年三月一日付名古屋市告示第五〇号をもって、別紙当事者目録及び別紙町名変更表各記載の控訴人らの住所の旧町名を、同目録及び同表各記載の現町名に変更し、かつまた町の区域を同表及び別紙図面各記載の町の区域に変更したこと、被控訴人愛知県知事が同月二八日付愛知県告示第一八八号をもってこれを告示し、その効力が発生したことについては、本件各当事者間に争いがない。また、昭和四一年三月一日付名古屋市告示第五一号(乙第二号証)をもって、住居表示の実施区域、住居表示の方法、街区符号、住居番号を告示し、これを施行したことについては、その告示が名古屋市によってなされたかどうかの点を除いて、本件各当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第二号証によれば、右告示が前記住居表示に関する法律三条三項に基づき、名古屋市によってなされたものであって、被控訴人名古屋市長によってではないことが明らかである。この点に関する控訴人らの主張は、独自の見解であって採用できない。

控訴人らの主位的請求及び予備的請求(訴の交換的変更につき、被控訴人らの同意がないため、なお係属していると認められる旧訴を含む。)は、要するに、被控訴人名古屋市長に対しては、住居表示に関する法律による住居表示の制度を実施するための前提としてなされた町名及び町区域の各変更処分並びにこれに基づく住居表示変更処分の各無効確認、処分取消、その是正措置義務存在確認を求め、また、被控訴人愛知県知事に対しては、右各処分を発効させた処分の各無効確認、処分取消、是正措置要求義務存在確認を求めるものである。

よって、右各請求の法律上の利益の有無について判断する。

本件町名変更、町の区域の変更は、住居表示に関する法律(昭和三七年法律第一一九号)による住居表示制度実施の前提として、地方自治法二六〇条に基づいてなされ、当該市の市街を区画する単位として、町の区域を設定し、その区域の名称である町名を変更するものであって、これらの町の区域、町名が住民の日常生活にとって密接な関係をもつものであることは明らかである。しかし、元来それは単なる市街の地域を区画する範囲と名称の変更の問題であって、これらの変更に伴い、各種登記、登録その他の面である程度の法律上の効果をもたらすことはあるが、それは市の住民の権利義務に直接関係のあるものではないから、その変更処分により、直接具体的な権利ないし法律上の利益を侵害される特別の事情があれば格別、そのような事情のない場合には、特定の町区域を画され、あるいは特定の町名を自己の居住地等の表示に用いることによる利益、不利益は、通常当該町の区域とその町名が付されていることから生ずる事実上のものにすぎず、当該地域内の住民ないし営業所を有する法人その他これに何らかの関係を有する者であるからといって、直ちに現在の町区域や町名を変更されないという法律上の利益があるものとすべき根拠はない。

控訴人らは、本件において、町の区域と町名がいわゆる暖簾として営業上密接不可分の関係にあり、そのため町の区域と町名の変更により、右暖簾による営業上の利益の侵害を受けたものであり、それは法的保護に値する利益の侵害であるから、本訴の法律上の利益があると主張する。暖簾それ自体は、特定の商号(屋号)と店舗における多くは長年月にわたる歴史と伝統を有する営業自体の価値であり、営業上の信用、名声、秘訣、得意先や仕入先との安定した取引関係等によって、総合形成されるいわゆる老舗の有する営業権ともいうべきものであって、無形の経済的利益であり、法律上も保護するに値する経済的価値を認めることができる(商法二八五条の七、有限会社法四六条一項参照)。しかしながら、暖簾自体は右に述べた一種の営業上の価値なのであるから、必ずしも当該個人ないし法人の営業所が所在する町の区域や町名と必然的な関係はなく、不可分的に結合するものとはいいがたい。控訴人らの主張する如く、長者町を中心として、多数の繊維業者が集中し、そこに繊維問屋街を形成して、これによる営業上の利益があり得るとしても、それは多分に同種業者の集中自体によるものであって、それが直ちに暖簾の利益であるとは即断しがたい。その他控訴人ら主張の暖簾と町の区域、町名が不可分的に結合し、かつまた、その変更が暖簾を侵害することを肯認するに足りる証拠はないから、これを前提とする控訴人らの主張は採用しがたい(≪証拠省略≫中には、控訴人らの主張に副うと思料される供述部分があるけれども、未だこれをもって、右説示の趣旨にいう暖簾の侵害による不利益があるとは断じがたい。)。

その他控訴人らの具体的権利ないし利益の侵害については、主張立証がない。

第三  以上の理由により、本訴請求は、すべて訴の利益を欠くものというべきであり、結局控訴人らの訴は不適法であるから、その余の点について判断するまでもなく却下を免れず、原審での請求につき、これと結論を同じくする原判決は相当であって本件控訴は理由がないから、民事訴訟法三八四条によりこれを棄却すべく、また、控訴人らの当審における新たな訴もすべて却下することとし、控訴審での訴訟費用(当審での新訴の分を含む。)の負担については、同法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柏木賢吉 菅本宣太郎 裁判長裁判官岡本元夫は、転任につき、署名なつ印することができない。裁判官 柏木賢吉)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例